まほらの天秤 第11話


死の直前に見た光景、聞いた音を、僕は夢だと決めつけていた。
ここは合衆国ブリタニア。
日本でも滅多に目にすることのない狐の面などあるはずない。
しかも、森の中に、だ。
今回の死で、死神が迎えに来るのではないかという淡い期待が見せた幻。
死神は、知人の姿をしてやってくるという話もある。
だから、懐かしい気配があの死神からしたのだ。
そう思っていた。

チリーン。

だが、かすかに聞こえるこの鈴の音は幻聴ではなく、狐のお面はさておき、鈴の音を鳴らす誰かが居る、あるいは何かがあるという事を示していた。
ダールトンは、木の上に荷物が引っかかっていないかと見上げている為、声をかけるのはやめて、音の聞こえるほうへと慎重に歩みを進めた。


チリーン。

ゆっくり、ゆっくりと、草を踏む音さえも消しながら進んでいく。
自分の出す音で、その音を聞き逃さないように。

チリーン、チリーン。

先ほどよりも、音が鮮明に聞こえた。
その音に誘われるように進んでいくと、やがて木々に囲まれたその場所に、一人の人物が佇んでいるのが見えた。それは、足元も覆い隠すほどの長さの漆黒のコートに身を包んだ人物。こちらに背を向けている為、スザクには気付いていないのだが。
その姿を見て、スザクの心臓はどきりと高鳴った。
全身を覆い隠すそのコートで体格など分からない。こちらに背を向け、フードを目深に被っているため、髪の色も解らない。
だが、その黒い背を見て、”見つけた”と思ったのだ。
自分とさほど変わらない背丈。
情報はそれだけ。
だが、間違いない。

ルルーシュだ。

やはりいたのだ、彼も。
よかった、見つけた。
その事に、思わず視界が霞んできた。
ここで意識を戻してから、ずっと探していた。
だが、屋敷内のどこにも見当たらず、屋敷の者達から奇跡に関わる人物の話を聞いても他のブリタニア兄弟の名は全員出てくるのに、彼の名だけは出てこなかった。
南の別荘に行っている中にも、ナナリーとシュナイゼルの元にも、屋敷にも彼はいない。別の名を与えられた可能性も考えたのだが、知らない名前の者もいなかった。
クロヴィスが収集していた家族写真の中に、マリアンヌとナナリーの写真がいくつもあったが、そこにもルルーシュはいなかった。
そう、彼の存在そのものがここには一切無かったのだ。
いくら探しても見つからない事で、日に日に嫌な考えが頭を占めた。
ルルーシュが産まれていないならいい。
この奇跡に混ざれなかった、混ざらなかったというのなら、仕方がない。
他の者が揃っていて彼だけというのは奇妙ではあるが、いないならその方がいい。
だが、ブリタニアの奇跡、過去の皇族の生まれ変わりと言われる者たちが揃う中、ルルーシュが産まれた場合はどうなるだろう?
世界を混沌に陥れた悪。
その顔に醜悪な笑みを浮かべながら、世界を支配したと伝えられている人物。
悪の象徴として、いまだ語り伝えられる残虐で愚かな王、悪逆皇帝の生まれ変わりだ。
どのような扱いを受けるのか、考えたくもなかった。
考えたくはないが、最悪の想像が頭の中に次々湧き出てくる。
もし生まれていたら?
非道な扱いを受けていたら?
真っ先き思い浮かんだのは幽閉。
だから、屋敷の何処かに幽閉されているのではと、夜中に屋敷内を調べもした。
だが、見つからなかった。
ならば別の場所か?
それは更なる不安を生んだ。
幼いころから人形のように綺麗な少年だった。
そんな彼が幽閉先でどのような扱いを受けるのか。
唯閉じ込められているだけならいい。
でもそうでは無かったら?
・・・そうなると、ああ、やっぱり嫌な想像しかできない。
今は彼の人目を引くあの容姿が恨めしく思えた。
人並み以下の容姿であれば、ここまで不安を抱かずに済むのに。
もしかしたら、生まれてすぐに殺されたのかもしれない。
でも、もしまだ生きているのであれば、助け出さなければ。
その思いは日に日に強くなっていった。

この場所は、スザクにとって楽園のような場所だった。
失われたはずの主や友人達が、あの時のままそこにいるのだから。
明るく笑うユーフェミアを見て、彼女がここで幸せに生きているならば、ここに自分がいる必要はないと考えていた。共に居たいかと問われれば是と答えるが、不老不死である以上必ず別れが来る。長く共にいれば、互いに別れ難くなるだろう。
ならば、少しでも早くここを離れたほうがいい。
何より、彼の安否を確認したいのだから、この奇跡に関わる方には申し訳ないが、近いうちにここを離れる事は決めていた。
だが、あの思い出の品はどうしても諦めがたく、今日もこうして山に入ったのだ。
その自分の判断を、手放しで褒めたい。
もし、あの荷物を諦めここを離れていたら、彼を見つけられなかっただろう。
気配を殺し辺りを探るが、彼の周りに人の気配はなく、監視はされてはいないようだった。自由に動き回る事はできても、こんな山深くにいるのだから、やはり幽閉に近い状態なのだろう。
その体をその体型には合わない大きさと長さのコートで覆い隠しているのは、悪逆皇帝としての姿を世間から隠すためだろうか?ならばお面は顔を隠すためか。人を誑かすと言われる狐を選んだのはそこからだろうか。
悪逆皇帝が討たれた国の、狐のお面。

・・・いや、そんな些細な事は今はいい。
頬に流れ落ちた涙に気付き慌てて拭う。
落ち着けと自分に言い聞かせ、一度深呼吸してから声をかけた。

「ルルーシュ」

自分でも驚くほど、甘さを含んだ声だった。
すると、傍目から見て解るほど、彼はびくりと体を震わせ、こちらを振り返った。
その顔には、やはり記憶にあった白い狐の面。
コートから覗いた彼の腕には鈴が巻かれており、それがちりんちりんと激しく鳴る。
そして、こちらを認識した彼は、脱兎のごとく駆けだした。

「あ・・・そっか、隠れ暮らしてるなら、他人に見つかったら逃げるよね」

失敗したなぁと思いながら、遠ざかるその背に声をかけた。

「待ってルルーシュ、僕だ、スザクだ!」

あの歴史書を読んだなら、枢木スザクが悪逆皇帝の友人だった事は知っているはず。逃げる必要はないと言いたくて名を名乗ったのだが、彼は首を横に振り、聞きたくないという様に足を速めた。

チリンチリンチリンと鈴が激しく鳴る。

まずい、このまま見失ったら、もう会えないかもしれない。
僕は慌てて、その背を追って駆けだした。

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